(「言えなかった競馬の本」第1章、生半可な馬知識は大バカをみる<パドック編>から抜粋要約)
「この馬はこずみがでていますねぇ。いらないでしょう」
競馬解説者がよく話す言葉だが「こずんでいるからいらない」とはとんでもない誤解である。「こずみ」とは、人間でたとえれば、肩こり程度の問題だ。こずみは返し馬のウォーミングアップで簡単にほぐれるものだし、こずみがくるくらい激しい稽古をしないとサラブレットは能力がでない、という基本的なところを忘れて物を言っているとしか思えない。
現役のころ小野定夫という騎手がいた。
ある日、見るからにゴツゴツしてつまづいて転びそうなほどこずみのひどい馬に乗っていた。
ぼくは、「あぶねえから、返し馬よくやっとけよ」といい、スタートまで休んでいた。
小野騎手は丹念に返し馬で、こずみをほぐそうと努力中だ。キャンターやってダクやってもまだほぐれない。
「お前気をつけろよ!ころばれっと、ころんで死ぬお前はいいけど、オレがひっかかると困るからなぁ」
レースはなんてことない。小野騎手はハナを切って楽勝だ。レース後の検量は大笑いである。
「あんなぶっこわれ自動車みたいのにハナ切られて勝たれちゃどうしようもないなぁ」
「言えなかった競馬の本」(昭和58年青春出版社、絶版)
著者、元中央競馬騎手、故渡辺正人氏