天才騎手の遺骨が馬産地の故郷へ
八戸の俊ちゃんから便り。「デーリー東北にこんな記事が載っていました」
「伝説の騎手 故郷へ」という見出し。読んでみたら、言い知れぬ競馬ロマン。全国の人に知らせたくなった。(デーリー東北は青森県東部と岩手県北部エリアに密着した地元紙)
最強の牝馬クリフジをご存じだろうか。
戦争中の1940年3月15日、千葉県印旛郡・下総御料牧場に生まれた。父・トウルヌソル、母・賢藤。馬主の栗林友二さんの「栗」と母親の「藤」を取ってクリフジ(ちなみに、友二さんのご子息・英雄さんもライスシャワーのオーナーでクリフジと同じ勝負服である)。クリフジは強かった。デビュー3戦目の43年ダービー。スタートした直後、体を一回転してしまって出遅れ、他の馬に10馬身以上遅れたが、ゴールでは6馬身差の圧勝。牡馬なんて目じゃない。とにかく強い。オークス、菊花賞と変則クラシック3冠。11戦11勝。そのうち7戦が着差10馬身以上だった。
KEIBARANK...
お話は、クリフジの主戦騎手の前田長吉さんのことである。長吉さんは23年2月、青森県是川村(現八戸市)生まれ。農家の8人きょうだいの四男で、地元の中学を出て、名伯楽と言われた尾形藤吉調教師に弟子入りした。
天性のものがあったのだろう。尾形さんは見習騎手の彼に「ダービーでクリフジに乗れ!」と命じた。スタートで後手を踏んだが、落ち着いた手綱さばきで快勝。その時、20歳と3カ月だった。史上最年少のダービー制覇。
ところが、戦火は広がる。競馬は中止。長吉さんは徴兵。旧満州で物資輸送の452部隊に配属される。戦後、シベリア抑留。天才騎手は強制労働で死亡した、と伝えられたが…。
それが、60年近くたって、厚労省のDNA鑑定で長吉さんの骨が特定されたのだ。天才騎手の遺骨はやっと馬産地の故郷に帰った。
(7月12日)
みなさんにも知っていただきたく。合掌→競馬ランキング
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今回の前田長吉さんのお話は、とても関心して拝見させて頂きました、、、実は私も八戸出身でありまして、八戸の牧場(カオリの冠名でお馴染みの大須賀牧場)からJRAに参戦しているお馬さんをチェックして、よく応援馬券を買ったりしております。
この八戸にも競馬に縁のある“達人”がいたんですねぇ。。。 競馬の見方が、さらに広く、楽しく見れるようになります、、、ありがとうございました。
コメントありがとうございます。
前田長吉騎手、生きていたもっと活躍したでしょうね。
今、こうして競馬が見れることに感謝です。