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2005年03月10日

岡部騎手と馬券(その2)

岡部騎手が引退することになった。岡部騎手には馬券で大変お世話になった。たくさん儲けさせてもらったし、痛い目にもあわされた。そんな馬券の思い出を少々。

(その1)のあとは、大勝負することもなく、馬券の方は普通に1万円勝負でコツコツと負けた。平成4年冬のボーナスは僅か3万円になり(この3万円の1点勝負の話は後日)、平成5年11月にはバブル崩壊の影響もあって会社が倒産した。生活の方は失業保険1ヶ月約19万円が9ヶ月。国の給与保証が60万円、生命保険から財形の80万円の振込みがあったので、しばらく仕事を探すのには支障がなかった。お金があったので(いつまでもあるわけではないが、)仕事探しはのんびりだった。(結局仕事は失業保険のなくなる8月まで決まらなかったが。)一応資金確保のためコンビニ(横浜)で夜アルバイトをした。

失業して2ヶ月目、新年の1月。今あるこの資金を少しでも多く確保したいがため、馬券でいっちょう増やしてやろう思った。久々に10万円1発勝負。やってやろう。夜コンビニのバイト中、店から日刊ゲンダイを買って客の途切れる合間で予想した。翌日、朝9時まで仕事をして、少し休んでWINS横浜に向かった。

狙うレースは中山の初富士ステークス、芝1600(ハンデ戦)。今ではハンデ戦で勝負など考えないが、この時はこんなカンタンなレースはないと思い、当たった後どうするか、そればかり考えていた。

3枠3番、逃げるコウチカムイオー(5人気)がハンデ50kgで展開有利。それを2、3番手で追う2枠2番、ホッカイセレス (3人気)。人気は別として、日刊ゲンダイではこの2頭に本命、対抗の印が付いていた。レース展開をこの2頭の行った行ったと見て、この枠連に10万円1点勝負にすることにした。

枠連2−3、10万円。オッズは約12倍。

1人気は7枠12番、岡部騎手のホッカイキルディア。ハンデ54kgで、展開は2頭の後ろ。ホッカイセレスの方が調子よかったし、ハンデ4kg差ならコウチカムイオーは逃げ残れる。ホッカイキルディアは日刊ゲンダイでもあまり印がついていなかった。よし、いける。これならいける。私は、外れた時の不安を打ち消すように自分に言い聞かせた。いける。これでいける。

レースがスタートした。コウチタロウ(14人気)がコウチカムイオーにやや競ったが、直線ではホッカイセレスとコウチカムイオーが3番手以降に3馬身離して、坂を登り始めた。
来た。私は取れたような気がした。

坂を登りきってホッカイセレスがコウチカムイオーを突き放す。差は1馬身、2馬身と広がってホッカイセレスの勝ちは決まった。逆にコウチカムイオーの脚色は見る見る衰える。その時オレンジ色の1頭が急激に差を縮めてゴールになだれ込んだ。

なにが起こったのかよくわからなかった、ただただ呆然とした。隣の作業員ふうのおやじが「換わったな」と一言発した。来たのはホッカイキルディアだった。一応写真判定になったが、2着には12番ホッカイキルディアとスンナリと上がった。

なぜ、なぜ。馬券は無情にも外れた。1人気の岡部騎手で14倍。こっちの方が付いた。外れてからではどうしようもないが、レース前は2−3、2−7に5万円づつに分けようかと思ったりもした…。分けていたら70万円は取れた。でも2−3、一点でいけると思った。70万円よりも120万円を狙った。今となっては遅いが、あの時、岡部騎手を狙えなかったのには悔やむばかり。VTRを見ると、ペース判断が抜群、この一言につきる。

1994年1月22日(土)初富士ステークス
ホッカイキルディアが岡部騎手でなかったら、きっとレースは2−3で決まっていたに違いない。
今でもこの時のハズレ馬券は大事に取ってある。予想をきっちり検証するためのお守りだ。


posted by 新マネー競馬 at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬身上書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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